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クロト社 糸瀬2024/05/23(木) - 17:23 に投稿

拡大新生児マススクリーニング検査(PIDスクリーニング検査)について

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監修:名古屋大学大学院 医学系研究科
小児科学 講師
村松 秀城 先生

愛知県における拡大新生児マススクリーニング検査 
(IEIスクリーニング検査)の取り組み


Q1. 拡大新生児マススクリーニング(NBS)検査とは何でしょうか。

新生児マススクリーニング(NBS;Newborn screening)検査は、知らずに放置しておくと命にかかわるような疾患を、症状が出現する前に見つけて治療に繋げるための取り組みです。昨今の検査技術や診断・治療方法の進歩により、新生児期のうちに治療を開始することで健康被害を予防できる疾患は増えており、公費のNBS検査のみではカバーできていない疾患もあります。そのため、近年はこれらの疾患を検査対象に追加した「拡大NBS検査」が、全国で広がってきています。
愛知県では、先天性免疫異常症(IEI;Inborn errors of immunity)、脊髄性筋萎縮症(SMA;Spinal muscular atrophy)、ライソゾーム病(ポンペ病、ファブリー病、ムコ多糖症I型・II型)、副腎白質ジストロフィー、アデノシンデアミナーゼ(ADA;Adenosine deaminase)欠損症を対象に、拡大NBS検査を実施しています。

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Q2. 拡大NBS検査により先天性免疫異常症(IEI)が見つかることで、どのようなメリットがありますか。

T細胞受容体遺伝子再構成断片(TREC;T-cell receptor excision circle)、Igκ鎖遺伝子再構成断片(KREC;Kappa-deleting recombination excision circle)の定量PCR法によりスクリーニングが可能である重症複合免疫不全症(SCID;Severe combined immunodeficiency)はIEIの中でも重症度が高い疾患です。特にSCIDは最も重篤な疾患で早期診断・早期治療が重要にもかかわらず、出生時には無症状であることが多く、敗血症や肺炎、日和見感染症などを発症して生命に危機が及ぶような状況になって初めてSCIDが疑われるようなケースが見受けられます。 
SCIDの根本治療として造血細胞移植がありますが、生後3.5ヵ月以内に実施された患児の生存率は96%である一方、生後3.5ヵ月より後に実施された患児の生存率は66%と移植成績が不良であることが報告されています1)。中には移植にたどりつく前に亡くなられる患者さんもおられます。拡大NBS検査の実施により、重篤な感染症の発症前にSCIDを迅速に診断し早期治療に繋げることで、生命予後の改善が期待できます。 
希少疾患を拡大NBS検査の対象に含める基準には、生命に関わる重大な疾患であること、確立された治療法があること、新生児期に診断することが必要であること、そして適切な検査法が存在すること、などがあげられます。海外では、新生児期のスクリーニング検査がSCID患児の生命予後改善に大きく貢献しているという実績が積み上がってきており、SCIDは公費NBS検査の対象に加えるべき疾患の最有力候補なのではないかと考えています。 
我々は、藤田医科大学小児科の伊藤哲哉先生をはじめとした県内の先生方と協力し、一般社団法人愛知希少疾患ネットワークを実施主体として、2017年4月から愛知県内で出生した新生児を対象とした、SCIDの拡大NBS検査を開始しています(図1)。

 

図1:愛知県における拡大NBS検査の導入時期

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図1:愛知県における拡大NBS検査の導入時期
本文

監修:名古屋大学大学院 医学系研究科 小児科学 講師 村松 秀城 先生

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図1:愛知県における拡大NBS検査の導入時期
本文

監修:名古屋大学大学院 医学系研究科 小児科学 講師 村松 秀城 先生

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Q3. 愛知県における拡大NBS検査の流れと、検査実績を教えてください。

各産科施設にて保護者への説明と同意取得、新生児の採血を行い、ろ紙血は検査実施機関である愛知県健康づくり振興事業団(以下、同事業団)へ郵送されます。検査の結果、TRECが特に低値の場合は、SCIDである可能性が高いurgent positiveとして同事業団から名古屋大学小児科(以下、当科)に直接、電話連絡が入ります。同時に産科施設とも連絡をとり、なるべく早く当科を受診していただくよう保護者の方にお伝えします。一方、他の検査陽性となった新生児には再採血を依頼し、再び検査陽性となった場合には精密検査対象例として、2~3週間以内に当科を受診していただくことにしています。 
※urgent positive:緊急度が高い症例

なお、愛知県では2017年4月から2021年12月末までに137,484例の新生児に対してTREC/KREC測定を行い、その結果、SCID症例2例(IL2RG-SCIDと細網異形成症)の診断に至りました2)。診断後は直ちに感染予防を行い、適切な時期に造血細胞移植を行うことにより救命できました。2例目の細網異形成症の患児は、保護者に陽性の連絡を入れた時点で、発熱のため救急搬送され別の病院に入院中でした。この経験からも、保護者及び精密検査実施機関にすみやかに連絡を取り、治療できる体制を整備しておくことが重要だと思います。現在、愛知県ではIEIに関しては精密検査から診断、治療まで主に当科が対応していることから、拡大NBS検査の陽性例は原則として当科に紹介していただく体制をとっています。 

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Q4. 拡大NBS検査でTREC/KRECが低値となり、精密検査対象となった児の対応について教えてください。

urgent positiveの児の場合は、即座に入院して無菌室管理を開始し、母乳栄養を中止します。また、末梢血フローサイトメトリーやTREC/KRECの再検査、リンパ球刺激試験などの精密検査を行います(表1)。ナイーブT細胞の存在を確認することはとりわけ重要です。さらに、SCID患児ではT細胞の成熟分化に必要な胸腺が萎縮しているため、胸部X線写真で胸腺影を確認します。これらの検査と並行して、造血細胞移植の実施を想定して遺伝学的検査とドナー検索を進めていきます。 
urgent positive以外の精密検査対象症例の場合は、異常値ではあるものの緊急性は低いことから入院はせず、外来でリンパ球サブセット解析などを実施します。ただし、この時点ではIEIの可能性を否定できないため、保護者にはワクチン接種を控えるよう伝えます。検査の結果、ナイーブT細胞が確認できれば重症のIEIは否定的だと判断でき、ワクチン接種を許可しますが、非典型的なIEI(leaky SCIDなど)の可能性を、新生児期における一回の検査結果のみで完全に否定することは困難であることから、フォローアップを継続します。当科では、生後6ヵ月と1歳時にも検査を行い、異常値がないことを確認してから、フォローアップを終了しています。

 

表1:名古屋大学小児科でのTREC/KREC低値例に対する精密検査項目

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表1:名古屋大学小児科でのTREC/KREC低値例に対する精密検査項目
本文

監修:名古屋大学大学院 医学系研究科 小児科学 講師 村松 秀城 先生

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表1:名古屋大学小児科でのTREC/KREC低値例に対する精密検査項目
本文

監修:名古屋大学大学院 医学系研究科 小児科学 講師 村松 秀城 先生

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Q5. SCIDの診断・治療に至った症例について教えてください。

注:本症例については、臨床症例の一部を紹介したもので、全ての症例が同様の経過を示すわけではありません。

当院で診断したSCID2例(IL2RG-SCIDと細網異形成症)は、ともに造血細胞移植を完遂し生着が得られ、移植後の経過は良好です。
IL2RG-SCID患児は、生後4日で測定したTREC(1コピー/μL)が低値で当科に紹介され、リンパ球サブセット解析により、生後28日にIL2RG-SCIDと診断しました。患児は適切な感染予防対策により無症状の経過をとり、生後4ヵ月時にブスルファン及びフルダラビンによる移植前処置後、臍帯血移植を行い、ナイーブT細胞の増加を認めています(図2)。臍帯血移植から3ヵ月後、患児は無事に退院しました。

 

図2:IL2RG-SCID患児の臨床経過

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図2:IL2RG-SCID患児の臨床経過
本文

監修:名古屋大学大学院 医学系研究科 小児科学 講師 村松 秀城 先生

細網異形成症の患児は、生後4日で測定したTREC(0コピー/μL)、KREC(0コピー/μL)が低値で、生後6日に当科に紹介され、リンパ球サブセット解析により、細網異形成症と診断しました。生後半年時にブスルファンレジメンによる移植前処置後、臍帯血移植を行い、好中球の生着に続いてナイーブT細胞の増加を認めています。
さらに、拡大NBS検査の結果、当科ではT細胞もしくはB細胞の欠損を伴うSCID以外の免疫不全症を10例診断しました。2023年には、X連鎖無ガンマグロブリン血症(XLA;X-linked agammaglobulinemia)の患児1例を診断し、無症状のまま免疫グロブリン補充療法を開始することができました。 

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図2:IL2RG-SCID患児の臨床経過
本文

監修:名古屋大学大学院 医学系研究科 小児科学 講師 村松 秀城 先生

細網異形成症の患児は、生後4日で測定したTREC(0コピー/μL)、KREC(0コピー/μL)が低値で、生後6日に当科に紹介され、リンパ球サブセット解析により、細網異形成症と診断しました。生後半年時にブスルファンレジメンによる移植前処置後、臍帯血移植を行い、好中球の生着に続いてナイーブT細胞の増加を認めています。
さらに、拡大NBS検査の結果、当科ではT細胞もしくはB細胞の欠損を伴うSCID以外の免疫不全症を10例診断しました。2023年には、X連鎖無ガンマグロブリン血症(XLA;X-linked agammaglobulinemia)の患児1例を診断し、無症状のまま免疫グロブリン補充療法を開始することができました。 

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Q6. 拡大NBS検査の課題について、お考えをお聞かせください。また導入を検討している都道府県へのメッセージをお願いいたします。

IEIの拡大NBS検査が、全国に広がってきている現状を大変うれしく思います。NBS検査は、スクリーニング検査の実施体制を整備するだけでは不十分であり、スクリーニング対象疾患の専門家による、スクリーニング検査陽性例の診断・治療・フォローアップ体制の確立が必要不可欠です。SCIDは早期に診断し適切な治療を受ければ、健康に成長できる可能性が高い疾患です。国内で出生する全ての新生児が、無料で検査を受けられる日が一日も早く来ることを切に願っています。

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参考文献

  1. Puck JM, et al.: J Allergy Clin Immunol. 2007; 120(4): 760-768.
  2. Wakamatsu M, et al.: J Clin Immunol. 2022; 42(8): 1696-1707.