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クロト社 糸瀬2024/05/23(木) - 17:27 に投稿

原発性免疫不全症における感染症とその管理 ~抗体産生不全症を中心に~

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監修:広島大学病院 小児血液腫瘍科長 
広島大学大学院医系科学研究科(医)教授 
岡田 賢 先生

原発性免疫不全症における感染症とその管理 
~抗体産生不全症を中心に~

はじめに

原発性免疫不全症(Primary ImmunoDeficiency:PID)は遺伝的な要因により免疫細胞の分化や機能が障害されている疾患の総称です。2022年12月時点において485種類もの疾患が分類されています1)。近年では、自己免疫、自己炎症、腫瘍、アレルギーなど免疫異常に伴う徴候も注目され先天性免疫異常症(Inborn Errors of Immunity:IEI)と称されるようになってきました。PIDの患者さんは様々な病原体に対して易感染性を示します。また、感染症を繰り返すことにより気管支拡張症などの慢性肺疾患に繋がる可能性があり、その結果患者さんの予後にも影響があるとも言われています。

 


Q1.抗体産生不全症の治療について教えてください。

PIDの治療には免疫グロブリン補充療法(ImmunoGlobulin Replacement Therapy:IgRT)、G-CSF投与、抗菌薬の予防投与、造血幹細胞移植などがあります2)。抗体産生不全症の患者さんはB細胞に障害があり、ガンマグロブリンが十分に産生できない“無又は低ガンマグロブリン血症”の状態のため、治療はIgRTが中心となります。
複合免疫不全症(Combined ImmunoDeficiencies:CID)の患者さんはT細胞機能不全を合併しており、IgRTのみでは易感染性を解決できない場合があります。必要に応じて抗菌薬、抗真菌薬、抗ウイルス薬の投与を検討します2)
なお、抗体産生不全症にともない二次的組織障害(気管支拡張症など)を起こしている場合にもIgRTと併せて抗菌薬を取り入れています。
抗体産生不全症の治療は、感染症の頻度・重症度を健常人と同程度に保つことをゴールとしています。IgRTによって健常者に近い生活ができることが理想です。

注意)各薬剤において承認されている効能又は効果は電子添文等でご確認ください。

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Q2.免疫グロブリン補充療法(IgRT)に対するお考えについて教えてください。

抗体産生不全症で免疫グロブリンが低下した患者さんへの治療の基本はIgRTです。
欧州免疫不全症学会(European Society for ImmunoDeficiencies:ESID)の分類不能型免疫不全症(Common Variable ImmunoDeficiency:CVID)患者さんのレトロスペクティブ研究では、血清IgGトラフ値が高くなるほど重症感染症の頻度が減少するとの報告があります(図13)

 

また、PID患者さんにおける血清IgGトラフ値と肺炎発症率に関するメタアナリシス解析では、血清IgGトラフ値が100mg/dL上昇することにより肺炎の発症率が27%低下する(図2)、そして健常人と同程度に肺炎の発症率を低下させるためには血清IgGトラフ値1,000mg/dL以上を必要とするという報告があります4)

図2

 

英国免疫学会及び英国原発性不全症ネットワーク協同によるIgRT管理に関するコンセンサスガイドラインでは、X連鎖性無ガンマグロブリン症(X-Linked Agammaglobulinemia:XLA)では感染症や臓器障害を最小限に抑えるため血清IgGトラフ値を1,000mg/dL以上に維持することが推奨されています5) 
治療にあたっては血清IgGトラフ値と感染症の有無、この2つを考慮して進めています。通常、血清IgG値が年齢別の正常値と比較して低値であり、感染症を認める場合にIgRTを開始します。なお、易感染性が明らかでない場合、血清IgG値がどの程度まで下がったらIgRTを開始するかについては明確な基準がありません。私は、血清IgG値が700mg/dL未満の患者さんでも、感染症がなければ経過観察としています。実際、成人例では血清IgG値が500mg/dL以下になっても明確な感染症を示さない症例を経験します。このようなケースは成人例に多い印象がありますが、血清IgG値が低値でも問題なく日常生活を送ることができているのであれば、必ずしもIgRTが必要とは言えないと考えます。とは言いましても極端な血清IgG値の低値を放置しておくのも心配なこともあり、血清IgG値が300mg/dLを下回った場合にはIgRTを開始することが多いです。ケースバイケースの対応が必要だと思います。 
小児は幼稚園・保育園や、小学校などの集団生活により感染の機会が多いこともあり、血清IgGが低値にも関わらず易感染性を示さない症例は少ない印象があります。ただ、血清IgG値が700mg/dLを切ったらすぐに免疫グロブリンを補充するというわけではなく、“感染症の有無”を考慮する必要があると考えています。血清IgGトラフ値が低く(場合によっては700mg/dL以上でも)感染症を繰りかえす患者さんには、十分量のガンマグロブリン補充が必要です。治療を行う場合、血清IgGトラフ値は700mg/dLを維持することを目標としています。この値は国際的ガイドラインでも推奨されています6)。また、感染症のコントロール状態によってはそれ以上のトラフ値(場合によっては1000mg/dLを超える)を目指します。 
IgRTの際には、急性のアレルギー反応に注意が必要です。特に初めて投与する患者さんに対しては、投与量は少なく、投与速度もゆっくりと開始するよう心がけています。

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Q3. IgRTにおける免疫グロブリン製剤の投与量決定方法について教えてください。

投与量は患者さんの血清IgGトラフ値と感染症の症状を観察しながら決めています。血清IgGトラフ値の目安は700mg/dL以上を維持するようにしていますが6)7)、患者さん個々によって至適トラフ値(生物学的IgGトラフ値)が異なり、必ずしも700mg/dLを超えることだけを目標にしてはおりません。図3は、血清IgG値と確認された感染症の推移を記録した図です8)。本症例はIgGトラフ値が900mg/dLを下回ると感染症を発症し、900mg/dLを超えていれば、3年を超える期間にわたり感染症を発症しませんでした。この患者さんの生物学的IgGトラフ値は900mg/dLであると考えられます。

注:下記の症例は臨床例の一部を紹介したもので、全ての症例が同様な結果を示すわけではありません。

図3

患者さん個々により生物学的IgGトラフ値が異なることから、感染症などの症状から免疫グロブリンの投与量を決定します。例えば次回のIgRTの数日前になると感染症の症状が現れるなど、感染症が十分に管理できない場合は、免疫グロブリンの投与量を増やすことを検討します。 
血清IgGトラフ値と免疫グロブリン製剤投与量の関連を示したデータによると、成人で100mg/kg投与ごとにIgGトラフ値が121mg/dL増加することが示されています(図44)ので、投与量計算の際に参考にしてください。 


Q4. PID患者さんにおける感染管理の重要性について教えてください。

抗体産生不全症では慢性・反復性の下気道感染により気管支拡張症を合併することがあります9)。また、気管支拡張症はXLA患者さんの予後に影響するとの報告もあります。 
イタリアの多施設共同研究の追跡調査で、43歳時点でのXLA患者さんの全生存率(OS)は92.7%で、健常対象者の98.0%と比較して低値を示しました。XLA患者さんを慢性肺疾患(CLD:気管支拡張、気管支周囲壁の肥厚、無気肺)の有無で分けると、CLDを持たないXLA患者さんでは43歳時点でのOSは97.4%であったのに対して、CLD合併例のOSは90.5%(p<0.0001、t検定)と低値を示しました(図510)
気管支拡張症への進展を防ぐためには感染症の発症を抑えることが必要です。そのために、適切な免疫グロブリンの補充を行い、急性感染症をできる限り予防することが重要と考えます。

おわりに

抗体産生不全による易感染性は免疫グロブリン製剤の定期補充により改善が得られることが多く、血清IgGトラフ値700〜1,000mg/dLを目安とし、患者さんの易感染状態に応じて免疫グロブリン製剤を適宜増減します。T細胞機能不全の合併例のように、免疫グロブリン補充のみでは感染症を解決できない場合は、必要に応じて抗菌薬、抗真菌薬、抗ウイルス薬の投与を検討します。 
気管支拡張症への進展を予防するためにも感染症のコントロールが重要であり、患者さん一人ひとりに合わせた適切量の免疫グロブリン製剤の補充を行い、可能な限り感染症を健常者と同程度になるよう管理することが重要と考えます。

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参考文献

  1. Tangye SG, et al.: J Clin Immunol. 2022; 42(7): 1473-1507.
  2. 日本免疫不全症研究会 編:原発性免疫不全症候群診療の手引き. 2017: vi.
  3. Gathmann B, et al.: J Allergy Clin Immunol. 2014; 134(1): 116-126.
  4. Orange JS, et al.: Clin Immunol. 2010; 137(1): 21-30.
  5. Grigoriadou S, et al.: Clin Exp Immunol. 2022; 210(1): 1-13.
  6. Shehata N, et al.: Transfus Med Rev. 2010; 24 Suppl 1: S28-S50.
  7. 日本免疫不全症研究会 編: 原発性免疫不全症候群診療の手引き. 2017: 58-68.
  8. Bonagura VR, et al.: J Allergy Clin Immunol. 2008; 122(1): 210-212.
  9. Aghamohammadi A, et al.: Respirology. 2010; 15(2): 289-295.
  10. Lougaris V, et al.: J Allergy Clin Immunol. 2020; 146(2): 429-437.