〈情報検索術1〉⽣成AIは医師の情報検索も⼤きく変える
2024年4⽉より始まった「医師の働き⽅改⾰」により、時間外労働の上限規制や年次有給休暇の取得促進などが始まりました。加えて、医療施設の最適配置の推進や地域間・診療科間の医師偏在是正、適切な労務管理の推進、タスクシフト・シェアの導⼊など、ハード⾯・ソフト⾯での構造改⾰が進んでいます1,2)。しかし、医師の働き⽅改⾰の実現には、クリアしなければならないさまざまな課題があり、医師ご本⼈をはじめ施設、医療スタッフ、そして患者さんを含む全ての関係者が納得する形に落ち着くまで、まだまだ試⾏錯誤が続くのではないでしょうか。
業務改⾰は、施設単位にとどまりません。個々⼈の業務効率化も今、重要な課題となっています。特に医師の業務は多岐にわたるため、⽇々の負担を軽減するためのDXによる業務効率化が注⽬されています。
そこで本企画では、業務効率化のトップランナーの先⽣⽅に、デジタル技術を駆使した「今⽇からできる」仕事術についてお話を伺います。初回となる今回は、⽣成AIを活⽤した情報検索術に精通し、⽇々の業務効率化に向けて⾰新的なアプローチを実践しておられる、医療法⼈すずらん会たろうクリニック院⻑ 内⽥直樹先⽣に、実践的な情報検索のノウハウを伺いました。
本記事は、2024年10⽉30⽇時点(インタビュー⽇)の情報に基づいています。本記事にはインタビューに応じた医師個⼈の⾒解が含まれますが、所属医療機関を代表するものではありません。また、あくまで参考意⾒であり、弊社として当該意⾒の妥当性を保証したり、所属医療機関や記載のサービス等を推奨するものではありません。⽣成AIを⽤いたサービス等には、⼊⼒情報の学習⽤データとしての取り込み等による情報漏洩の可能性、誤情報の出⼒、⽣成物による著作権侵害等のリスクが含まれる場合があります。これらのリスクの⼀部は、ファクトチェックや学習⽤データとして利⽤されないための「オプトアウト申請」等で低減できる可能性があります。AI技術の発展とその適⽤には予測不能の⾯があり、本記事から得た情報に基づき⽣じた結果に関して、弊社等は⼀切の責任を負いかねます。ご了承の上、ご⾃⾝の責任にてご利⽤ください。
⽣成AIは医師の業務効率化のカギ
医師の働き⽅改⾰が始まり、医療業務の効率化や医療DXの推進が課題となっています。その中で、臨床や研究に⽋かせない情報検索の効率化に⼤いに役⽴つと考えられるのが、ChatGPTをはじめとする⽣成AIの利⽤です。
例えば、⽂献検索といえばPubMedが有名ですが、⽇常的にPubMed検索をしている臨床医はほとんどいないと思っています。個々の論⽂は臨床に直接的に関連するものではないし、臨床疑問に答えてくれる論⽂を探すことも簡単ではないからです。しかし、病棟患者さん1⼈の対応につき5つ3)、外来患者さん3⼈の診察につき2つ4)の臨床疑問が⽣まれるといわれており、臨床疑問をこまめに解決しようとする習慣は極めて重要です。
臨床疑問について調べるとき、⽣成AIを使えば、⾃然⾔語でAIと対話しながら情報収集できるというメリットがあります。⼀⽅で、利⽤してみたいがリスクを恐れて⼆の⾜を踏んでいる、という医療関係者は少なくないように感じます。
そこで今回、⽣成AIを活⽤した情報検索の特⻑やリスクへの対処法などに加え、情報検索に役⽴つツールについて、経験を踏まえていくつかお伝えします。ただし、この分野は情報が⽇々アップデートされ変化し続けているため、最新情報を必ず確認するようにしてください。
⽣成AIツールで検索にかかる労⼒を⼤幅に削減
私たちが臨床疑問を持つときは、例えば「ベッドサイドで嚥下機能を評価するにはどうすればよいのだろうか?」といったように、⾃然⾔語で思考します。これをGoogleやPubMedで検索する場合、「ベッドサイド 嚥下機能 評価法」といったようにいくつかの単語に分解して⼊⼒し、回答として表⽰されたウェブサイトや論⽂の⼀覧から、⾃分の疑問を解決できる内容があるかどうかを1件ずつ当たっていきます。しかし、多忙な中でこの作業は、なかなかつらいですよね。
⽣成AIで調べれば、臨床疑問を思い浮かんだ⾃然⾔語のままで⼊⼒でき、さらに学習した膨⼤な情報の中から、疑問に対する最適な答えを⾃然⾔語でまとめた結果が提供されます。回答にかかる時間はツールにより多少変わりますが、⻑くても⼗数秒程度です。⽇々の臨床疑問の解決に要する時間とストレスが⼤幅に軽減されるだけでも、⽣成AIを利⽤するメリットは⼤きいといえるでしょう(図1)。
図1 ⽣成AIツールによる検索の特徴
図1 ⽣成AIツールによる検索の特徴
⽣成AIのリスクは使い⽅の⼯夫で回避も可能
もちろん、⽣成AIを利⽤するに当たり、留意しなければならないことはいくつかあります。考えられる懸念を以下に挙げてみます。
・著作権や商標権の侵害
・ハルシネーション
・個⼈情報などの情報漏えい
・有料プランを契約する場合はその費⽤
これらが、医療現場での⽣成AI活⽤を難しくする⼀因となっていることは事実でしょう。しかし、弱点があることを前提として、使い⽅に気を付ければ、安全に利⽤することは難しくありません。
ハルシネーションは、⽣成AIが誤った情報を⽣成する(「もっともらしい嘘」をつく)現象です。ユーザーが⼊⼒した⽂章に曖昧さや⽭盾があるために⽣じることもありますが、⽣成AIの学習したデータの質や量、設計⾃体が問題となることもあります。残念ながらその特性上、ハルシネーションを完全に防ぐことはできません。
しかし、⼯夫次第でそのリスクは低減できます。2023年、私はSNS(X)で知り合った⼈と協⼒し、「主要な医学ジャーナル(英⽂)から認知症に関する論⽂が出たら⾃動でピックアップし、要約してくれる仕組み」を構築しました。ChatGPTがPubMedを特定のキーワードで定期的に検索し、ヒットしたものを⽇本語要約してメールで届けるという仕組みです。当時、ChatGPTが架空の論⽂を引⽤することが話題になっていました。このアイディアは、ハルシネーションをいかに⽣じさせないかという発想がベースになっています。参照元をPubMedに限れば、この⽋点をカバーできると考えたのです。このように、ハルシネーションを防ぐことを意図した⽅法論やツールは次々と登場しています。
また、臨床疑問は患者さん個⼈に直結して⽣まれることが多いため、症例に関連する情報を⽣成AIに⼊⼒し、分析させるといった使い⽅も考えられます。その際には、個⼈の特定につながる情報が含まれていないかを必ず確認し、確実に排除しなければなりません。⽣成AIに⼊⼒した情報は、学習に利⽤されるなどで漏えいするリスクがあるためです。使⽤するPCやネットワークのセキュリティに配慮することも重要です。
誰もが⽣成AIを使いこなす時代はもう⽬前
コロナ禍をきっかけに、医療界は急速なアップデートを迫られています。スピード化とDXもその1つです。
これからは医療関係者も⾃らプログラミングやテクノロジーを学び、現場の課題を⾃ら解決していくことが求められる⾯もあるのではないでしょうか。そうした思いがあり、私は医療法⼈社団新潮会(現 医療法⼈社団円徳)の北城雅照理事⻑が主宰する医療関係者向けオンラインプログラミングスクール「ものづくり医療センター」に参画し、プログラミングを学びました。先述のChatGPTによる⽂献検索ツールも、そこで得た知識と知縁があったからこそ安全に構築できました。もちろん医療関係者の中にはテクノロジーにあまり関⼼がない⽅もいらっしゃるでしょうが、これからの医療界の流れを鑑みると、ある程度はリテラシーを⾼めていかなければならないと感じます。
テクノロジーを学び、積極的に利⽤するようになって実感するのは、⽣成AIは検索⾃体を⼤きく変えたということです。これは医療だけのことではありません。いわゆる「AIの⺠主化※」が急速に進み、数年後には、誰もが直観的に⽣成AIを使⽤できる時代になるでしょう。
AIの⺠主化の時代には、患者さんとのコミュニケーションの在り⽅も変わってくることが予想されます。⽣成AIの活⽤が普通になれば、患者さんの情報検索も加速し、医療関係者と患者さんの知識格差は縮まるはずです。そのため、私たちはより専⾨的な説明を求められることが多くなるかもしれません。
⼀⽅、患者さんと医師が協⼒して医療に関する意思決定を⾏う「共同意思決定(SDM:Shared Decision Making)」の視点で考えれば、患者さんも質の⾼い情報を有していることにより、⾼いレベルで治療⽅針を決められるようになるのではないでしょうか。そうなったとき、私たちに求められるのは、より多⾓的かつ総合的な視点からの判断です。私は、⽣成AIはそうした判断の助けにもなると考えています。
AIは⽇々進化しています。最新の情報をキャッチアップしていくには、書籍や雑誌ではとても間に合いません。より情報感度が⾼く、よりスピーディな情報収集源が必要です。私は、「ものづくり医療センター」のご縁でつながった⽅々や、SNSなどから情報を得ています。直接お会いしたことのない⽅もいますので、そういった⽅の情報を信頼できるのかという問題は、もちろんあります。リスクをゼロにはできませんが、例えば、そのアカウントが開設されてからの期間や、フォロワー数などを1つの指標としています。少し時間をかけてSNSをチェックすると、「医療現場でのAI活⽤ならこの⼈」という存在も⾒えてくるものです。
AIは医療現場を⼤きく変え、医師の働き⽅を変えていくために有望なツールです。リスクを⼗分に理解し、「できること」「できないこと」「してはいけないこと」に留意して利⽤すれば、得るものは⼤きいと考えます。
※AIの⺠主化:AIを誰もが使えるようになるという概念。
今⽇から使えるAI検索エンジンGenspark
臨床業務での⽣成AI活⽤を始めるに当たって考えることは、「まずはどのツールを使うか」でしょう。現時点での私の答えは、AI検索エンジンである「Genspark(ジェンスパーク)」です。Gensparkは、Microsoft、Google、Baidu出⾝者によって設⽴されたMainFunc社のプロダクトで、2024年にリリースされました。現在はベータ版のため、全ての機能を無料で利⽤可能ですから、⽣成AI検索を体験するにはもってこい。医療情報に強いといわれていることも、医療関係者にとってはメリットです。情報検索以外にもさまざまな利⽤⽅法が考えられるAIツールですが、それについては次回、詳しくご紹介していきましょう。
1) 医師の働き⽅改⾰ 厚⽣労働省、医師の働き⽅改⾰〜患者さんと医師の未来のために〜 (2024年11⽉19⽇閲覧)
2) 医師の働き⽅改⾰ 厚⽣労働省 (2024年11⽉19⽇閲覧)
3) Osheroff JA, et al. Ann Intern Med.1999;114(7):576-581.
4) Covell DG, et al. Ann Intern Med.1985;103(4):596-599.
内⽥ 直樹 先⽣
医療法⼈ すずらん会 たろうクリニック 院⻑
2003年琉球⼤学医学部卒業。福岡⼤学病院、福岡県⽴太宰府病院を経て、2010年より福岡⼤学医学部精神医学教室講師。医局⻑、外来医⻑を務めた後、2015年より現職。2023年3⽉に『ChatGPTが新着論⽂を要約し毎朝メールしてくれる仕組みの作り⽅』のスライドを公開。『Genspark Japan Meet Up』に講師として登壇するなど、⽣成AIを駆使した業務改⾰のトップランナー。著書に、2025年1⽉刊⾏の『早合点認知症』(サンマーク出版)など。
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